2010年2月8日月曜日

私が『月刊部落開放』を読んだのは

『ココ・アヴァン・シャネル』と『シルク』(2010年2月8日)

うちのダンナが小学生の頃、同級生の家に遊びに行くと、その子の家には障子扉の「開かずの間」があり、恐る恐る覗いてみると、中には蚕蛾と蚕がいて、桑の葉と繭がたくさんあって驚いたそうだ。…
今では殆どお目にかかることのできない、幻想的な光景だ。

昔、日本には蚕の飼い方や絹の紡ぎ方まで書き記したものは無く、その方法をどうやって伝えていったかというと、門付け芸人の「春駒」という歌で歌い継がれて継承されていたらしい。
つまり、外国の商人が大陸を縦断してわざわざ買いに来ていた蚕の卵だが、日本で養蚕に携わっていたのは、文字を読み書きできる身分の人ではなかったということ。
ちなみに、かつての日本の絹織物は「粗悪品」で、中国産の方が良質だった。そもそも、養蚕の発祥が中国である。

前述の映画『シルク』で、役所公司が演じている「集落の長」みたいなのも、侍のようだが侍ではなく、養蚕で儲けた金持ち成金で、そう身分の高い人ではなかろう。だからまだ鎖国中の日本で、外人から銃をこっそり買ったりできた。卑しい身分の金持ちというのは昔もかなりいたと聞いている。
こういうことは映画の中には直接出てこないけれど、私はそのように読み解いた。

実は昨年、職場で持余し過ぎた時間に、脳ミソの腫れ上がるようなもので時間を潰していた。
廃品の中に紛れていた4年前の『月刊部落開放』を拾ってきて読んでいたのだ。上の門付け芸人の「春駒」についてはそこで知った。


その前年、私は職場の人に、「私のことは今後“チベットさん”と呼んでください」とまで宣言して、捨て身の署名活動をした()お陰で、私は「人権派」の「そういう人なんだ」という理解のされ方で、今の居場所を確保できているカンジ。
実際は別に何でもないし、どこかの団体に所属しようにも協調性がないのでそんなことができない。
しかしいっそそのままのイメージで突き進んでしまおうと居直って、『月刊部落開放』を読み漁った。
お陰で今、「人権に関してなら、一晩中語りつくすことができます」などと、無茶苦茶を言っている。
ウケたウケた。「仕事ない。ヒマ。こんなもん読ますな」っていう嫌味だって、係長はわかっていたのか…。


『月刊部落開放』は女性問題についてもよく言及している。
前述の映画『ココ・アヴァン・シャネル』で、男爵に「カフスボタンを外して」と頼まれたココは、「ノン!」と突っぱねる。すると男爵は、

「いいかい、日本を知っているか?日本にはゲイシャがいて男のために何でもする。体を洗い服を着せ、カフスボタンを外す」

と説教する。

そういう奴隷の母の息子らは、自分のことが自分でできないデクノボウで、育てられ方を大いに間違っているケースが多いのだが…、ともかく。

外人は、一体何に影響されて「素晴らしい日本女性」を描きたがるのか。元の出所は誰の何がモデルなんだ。
きっとかつて日本から諸外国に売り飛ばされたからゆきやらしやめんが、そんなにもかいらしかったのだろう()。さだまさしのネタにも、「ラフカディオ・ハーンが、日本の女性が素晴らしいと大絶賛していました。あくまで明治時代の話」というのがあった。


『月刊部落開放』は、かつてから日本でも行われていた人身売買についても深く書かれていた。
この雑誌、Amazonのアフィリエイトも無いので貼れない。
こういった情報が多くの日本人の中で、「ある種の人たち」の間でしか共有できず、一般的に広く共有できないのは、なぜだろう。
多くの人が知ったなら、変わる世の中だろうか。文化を変えることは、意識を変えることだと、ラジオで言っていた。
 

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