2010年3月25日木曜日

スピ系(JRの車輌の型番みたいだが)

オカルトや霊感、宗教など、怪しげなものに対して使われる「スピリチュアル」は比較的新しい言葉だけれど、「スピリチュアル系」→「スピ系」と略されて、昨今そのジャンルを確立していこうという向きがある。
それがいいの悪いのはともかく、何年も連絡を取っていなかった中学時代の友人から、いきなりメールがきた。

「何かあったかと思って」

友人は、夜中に私のことをふいに思い出し、胸騒ぎに駆られていてもたってもいられなくなって、私にメールをよこした。
ちょうどその時、私はダンナと別れる話をした直後だった。
こういうことは前にもあった。

私はダンナに出会う前にも、失恋したことがある。
その時は別の中学時代の友人から、失恋した直後に、当時はメールなんて無かったから、電話があった。

「何かあったかと思って」

と。

どちらの友人も人並み以上に霊感の強い子たちである。
そんな霊感の強い友人を持つ私は霊感が強い、というよりも、私からすれば、殆どあるいは全ての女は「魔女ないし魔女っ子」なのである。ただ、上の友人たちは、元々その勘がズバ抜けて鋭い。
というよりも、魂の震撼は、波及する。この度の出来事からも、これは間違いない。

私の胸の張り裂けそうな思いを、「虫の知らせ」「死の予感」として察知したらしい友人に、私は簡単に自分の身に起こったことを返信した。

「生きているのが確認できたからよかった」

と、友人は一応納得。


現在、私とダンナとは寄りが戻っている。
ただ相変わらず金銭的に不自由なので、この先また一緒に暮らせる確証が無いだけで。

卒業の季節。
今、気持ちにケジメをつける機会なのだと思う。
今回メールをくれた友人は、少し前に「ほんの一握りの本当に大切なものだけを残してあとは全部捨てようと決断」したとかで、現在は身軽で充実した生活を送っているようだ。

何を残して何を捨てるのか。
私は面倒臭がりなので、人生丸ごと捨ててしまいたいのも本音ではあるが、少なくともこの春の間に、「命を完全燃焼」させやすい体制にまで、自分のあらゆるものを削ぎ落とそうと思う。
私のこの人生であと残された最大の目標は、

「死に損なわないこと」

かもしれない、とふと思う。
 

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