2010年3月28日日曜日

SNSが埋め殺しの配水管

ソーシャルって何?(2010年2月9日)

ネットワークを作る努力をせんと、昨今話題の色んなSNSを試してみた。
しかし、自分からどんどんフォローして「友だち」を作りに行かないので、未だに埋め殺しの配水管のように、私のアカウントがそこにあるだけの現状。
じゃあ、私は「友だち」やら「フォロワー」が欲しいんですか?と言われると、かなり微妙である。
特に隠しごとをするつもりはなくても、思いも出来事も何も、語ろうにも語りつくせない。だから分かり合うことをあまりアテにしていない。たまに通じた喜びを分かち合う程度の積み重ねで、人との関わりはいいカンジだろう。そういうスタンスである。

私の周りの人は「ネットの住人」ではないので、Twitterすら知らない人ばかり。
あのTwitterの盛り上がりは都市部の現象、あるいは捏造されたデマに情弱(情報弱者)が踊らされている。どうもそういう風にも見えなくはない。

若いと案外、デジタルツールを面倒臭がる向きもあるようで、「Mixiに招待された手前、一応やっているけれど、学校のつながりに入ったら、そのままどこにもつながりが広がっていかなくて、そのままログインしなくなって放置」とか、私でなくともよくある現象のようだ。コミュニティの蟻地獄である。

メールがあるのに、友だちとやりとりするのに、なんでわざわざSNSを使わなければならないのかわからない、という事情もありうる。現実の友だちとネット上の付き合いとは、面識がある、無いという点でまた違うものな。
Twitterは一応やってみたけれど、あれをずっとやっているヒマは無い、とか。
「自分のホームページの掲示板で充分」ていう人もまだまだ大勢いるんじゃないだろうか。

で、更にFacebookが流行るとかなんとかいうニュースを捏造して流しているとしか思えない。「Mixi」が流行語大賞になった時に「おや?」って思った、あのカンジ。ダイヤモンド誌で大企業のCEOやら著名人、文化人やらが「Twitter楽しい!」みたいな特集が出た、あの時感じたあのカンジ。
もうこれは踊らせようって魂胆が見え見えで、引く。

で、スマートフォンやら何やら、位置対応サービスだら、アプリケーションを進化させて、うんたらかんたら、あと数年後を見越して、よくわかんないけど、多分そういう事情なんだろうね。
便利っちゃぁ便利だけれど、今のところ、どうでもいい人にはどうでもいいのがこのテのデジタルツールなんだな、という印象。

ただひとつ。
長年「ひとりカラオケ」愛好者の私()ですが、似たような人々がいることを「DAM★とも」を通じてMixiで確認できたのはよかった。
ひとりだけどひとりじゃないカラオケ。
 

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